ゆる世界史年表
1万年前
地球が温暖化
全世界最後の氷期が終わり、今に続く温暖な時代(完新世)が始まる
前5000年頃
仰韶文化の成立
東アジア黄河の中流域に農耕文化が広がる。模様を描いた赤い土器(彩陶)を特徴とする
前3000年頃
エーゲ文明の成立
ヨーロッパエーゲ海の島々と沿岸に、のちのギリシア文明に先立つ青銅器文明が生まれる。中心ははじめクレタ島、のちにギリシア本土のミケーネへ移る
前3000年頃
シュメール都市国家の成立
西アジア・アフリカメソポタミア南部で、神殿を中心にした都市がそれぞれ独立した国(ウル、ウルクなど)として並び立つ
前2700年頃
エジプト古王国の成立
西アジア・アフリカメンフィスを都に、王(ファラオ)が国を中央から治め、ピラミッドやスフィンクスを造営する
前2600年頃
インダス文明で都市文明が栄える
南アジア・東南アジアインダス川流域で、道沿いに排水溝のある都市(モヘンジョ・ダロやハラッパー)が栄える。インダス文字は今も解読されていない
前1600年頃
殷の成立
東アジア黄河の中流域に殷が興る。遺跡と甲骨文字から実在が確かめられる、中国で最も古い王朝とされる
前1046年頃
周の成立
東アジア周が殷を滅ぼして王朝を開き、王の一族や功臣を諸侯にして各地を治めさせる(封建制)
前770年〜
春秋時代
東アジア「周王朝を異民族から守ること(尊王攘夷)」を大義名分に諸侯が争う
前671年
アッシリアのオリエント統一
西アジア・アフリカメソポタミア北部のアッシリアがエジプトを征服し、オリエント全体を初めて一つの国にまとめる
前586年〜
バビロン捕囚
西アジア・アフリカ新バビロニアがユダ王国を滅ぼし、その人々(ヘブライ人)をバビロンへ連れ去る。アケメネス朝のキュロス2世が解放するまで続く
前525年
アケメネス朝のオリエント統一
西アジア・アフリカイラン高原のペルシア人がキュロス2世のもとで建てたアケメネス朝が、アッシリアの後に分かれていた国々を次々と従え、カンビュセス2世のときエジプトを征服してオリエントを再び統一する
前509年
共和政ローマの成立
ヨーロッパローマが王を追放し、貴族からなる元老院と毎年選ばれる2人の執政官(コンスル)が治める共和政に移る
前500年頃
仏教の成立
南アジア・東南アジア北インドの釈迦(ガウタマ・シッダールタ)が、祭式中心のバラモン教を批判し、煩悩を断って輪廻の苦から離れる道を説き、仏教が生まれる
前500年〜
ペルシア戦争
ヨーロッパ西アジア・アフリカアケメネス朝ペルシアがギリシアの都市国家(ポリス)に遠征し、アテネやスパルタなどの連合がこれを退ける
前431年〜
ペロポネソス戦争
ヨーロッパアテネを中心とするデロス同盟とスパルタを中心とするペロポネソス同盟が争い、スパルタが勝つ。ギリシアのポリスが互いに疲弊し、衰退に向かう
前403年〜
戦国時代
東アジア大国の晋(しん)が家臣の韓(かん)・魏(ぎ)・趙(ちょう)の3国に分かれ、これを含む七つの強国(戦国の七雄)が天下を奪い合う
前334年〜
アレクサンドロスの東方遠征
ヨーロッパ西アジア・アフリカ南アジア・東南アジアマケドニア王アレクサンドロスがペルシア帝国を倒し、支配をインド北西部まで広げる
前317年頃
マウリヤ朝の成立
南アジア・東南アジアチャンドラグプタがマガダ国のナンダ朝を倒してマウリヤ朝を建てる。インド最初の統一王朝とされる
前247年頃
パルティアの成立
西アジア・アフリカアレクサンドロスの帝国を継いだセレウコス朝の支配が揺らぐなか、イラン系遊牧民の長アルサケスがカスピ海の南東に国を建てる。イラン人の国が西アジアに戻り、のちにローマと東西で向き合う
前221年
始皇帝の中国統一
東アジア秦の王・政(せい)が残る6国を滅ぼして中国を初めて統一し、「皇帝」を名乗る
前218年〜
第2回ポエニ戦争
ヨーロッパ西アジア・アフリカカルタゴのハンニバルがアルプスを越えてイタリアに攻め込む。ローマはカルタゴを破り、西地中海の支配を固める
前202年
前漢の成立
東アジア秦の滅亡後、劉邦(りゅうほう)が項羽(こうう)を破って中国を再び統一し、漢を建てる
前27年〜
ローマの帝政
ヨーロッパ元老院がオクタウィアヌスにアウグストゥスの称号を贈り、共和政の形を残したまま一人がローマを治める
25年
後漢の成立
東アジア王莽(おうもう)に一度奪われた漢を、一族の劉秀(りゅうしゅう)が皇帝(光武帝)となって再興する
96年〜
五賢帝時代
ヨーロッパネルウァが即位し、養子が次々に帝位を継ぐローマ帝国の最盛期が始まる
180年
五賢帝時代の終わり
ヨーロッパマルクス・アウレリウス・アントニヌス帝が死に、実子のコンモドゥスが帝位を継いで最盛期が終わる
220年〜
三国時代
東アジア魏(ぎ)の曹丕(そうひ)が後漢の皇帝から位を譲り受けて後漢が終わり、魏・呉(ご)・蜀(しょく)の三国が中国の支配を争う
224年
ササン朝の成立
西アジア・アフリカペルシア人のアルダシール1世がパルティアを倒し、アケメネス朝の再興をうたってゾロアスター教を国教とする王朝を建てる。ローマ、のちに東ローマと争い続ける
304年〜
五胡十六国時代
東アジア匈奴(きょうど)など北方・西方の諸民族(五胡)が華北に次々と国を建てて争う。三国を統一した晋は華北で滅び、皇族が長江の南(江南)で晋を再建する(東晋)
313年
ミラノ勅令
ヨーロッパコンスタンティヌス帝とリキニウス帝が、キリスト教を含む信仰を自由だと認める
320年
グプタ朝の成立
南アジア・東南アジアチャンドラグプタ1世がパータリプトラを都にグプタ朝を建てる。マウリヤ朝のあと分かれていた北インドが、再び一つの王朝のもとにまとまっていく
375年〜
ゲルマン人の大移動
ヨーロッパゲルマン諸族がローマ帝国の領内へ大規模に移り、西ヨーロッパの各地に王国を建てる
392年
キリスト教の国教化
ヨーロッパテオドシウス帝が異教の祭儀を禁じ、キリスト教がローマ帝国の国教になる
395年
ローマ帝国の東西分裂
ヨーロッパテオドシウス1世の死後、息子二人が東と西を別々に治め、分裂が定着する
476年
西ローマ帝国の滅亡
ヨーロッパゲルマン人の傭兵隊長(ようへいたいちょう)オドアケルが西ローマ皇帝を退位させ、西ローマ帝国が滅ぶ
496年頃
クローヴィスの改宗
ヨーロッパフランク王クローヴィスが、ローマ教会と同じアタナシウス派のキリスト教に改宗する。アリウス派が多かった他のゲルマン人の王国と違ってローマ人の支持を得て、フランク王国が西ヨーロッパの中心に育つもとになる
581年
隋の成立
東アジア楊堅(ようけん)が北朝の北周から帝位を譲り受けて隋を建て、やがて南朝の陳を滅ぼして南北に分かれていた中国を再び統一する
618年
唐の成立
東アジア反乱で倒れた隋に代わり、李淵(りえん)が唐を建てる
622年
ヒジュラ
西アジア・アフリカムハンマドがメッカからメディナへ移り、信者の共同体(ウンマ)が生まれる。この年がイスラム暦の元年になる
661年
ウマイヤ朝の成立
西アジア・アフリカ第4代カリフのアリーが暗殺され、シリア総督ムアーウィヤがカリフとなってダマスクスを都とする。カリフの位がウマイヤ家の世襲になり、アリーの血筋だけを指導者と認める人々がシーア派になっていく
732年
トゥール・ポワティエ間の戦い
ヨーロッパフランク王国の宮宰(きゅうさい)カール・マルテルが、ピレネーを越えて北上したウマイヤ朝の軍を破る
750年
アッバース朝の成立
西アジア・アフリカムハンマドの叔父の子孫が、アラブ人だけを優遇するウマイヤ朝への不満を集めて倒し、カリフとなる。イスラム教徒なら民族を問わず等しく扱う帝国の始まり
751年
タラス河畔の戦い
西アジア・アフリカ東アジア中央アジアの支配をめぐって唐とアッバース朝(イスラム帝国)が衝突し、唐が敗れる。このとき捕虜になった唐の職人から製紙法がイスラム世界に伝わったとされる
755年〜
安史の乱
東アジア辺境の軍司令官(節度使)の安禄山(あんろくざん)が史思明(ししめい)らと反乱を起こし、唐は都の長安を一時奪われる。乱は収まるが、唐の最盛期が終わる
800年
カール大帝の戴冠
ヨーロッパローマ教皇レオ3世がフランク王カールに皇帝の冠を授け、西ヨーロッパに皇帝が復活する
843年
ヴェルダン条約
ヨーロッパカール大帝の孫三人がフランク王国を西・中・東に分けて継ぐ。西と東がフランスとドイツのもとになる
870年
メルセン条約
ヨーロッパヴェルダン条約で生まれた中部フランクの北部を、東フランクと西フランクが分け合う
875年〜
黄巣の乱
東アジア塩の密売人だった黄巣らの反乱が中国各地に広がり、都の長安も落ちる。乱は収まるが、唐は国を治める力を失う
907年
唐の滅亡
東アジア地方の軍司令官(節度使)だった朱全忠(しゅぜんちゅう)が皇帝に位を譲らせて唐が滅び、中国は再び分裂の時代(五代十国)に入る
909年
ファーティマ朝の成立
西アジア・アフリカシーア派の一派がチュニジアで王朝を倒して国を建て、アッバース朝のカリフを認めずに自らカリフを名乗る。のちにエジプトを征服してカイロを都とし、アッバース朝と並び立つ
911年
ノルマンディー公国の成立
ヨーロッパノルマン人(ヴァイキング)の首長ロロがキリスト教を受け入れる条件で、西フランク王からセーヌ川下流の土地を与えられる。ロロの一団は略奪をやめてこの地に住みつく
960年
北宋の成立
東アジア後周(こうしゅう)の将軍・趙匡胤(ちょうきょういん)が皇帝となって宋(北宋)を建てる。やがて宋が中国を再び統一し、五代十国の分裂が終わる
962年
オットー1世の戴冠
ヨーロッパローマ教皇がドイツ王オットー1世に皇帝の冠を授ける。神聖ローマ帝国の起源とされる
1004年
澶淵の盟
東アジア北宋が、北方の契丹(きったん)族の国・遼(りょう)に毎年銀と絹を贈ることを条件に和平を結ぶ。以後100年以上、両国の間に戦争がなくなる
1038年
セルジューク朝の成立
西アジア・アフリカトルコ系遊牧民の長トゥグリル=ベクがイラン東部のニーシャープールで自立する。のちにバグダードに入ってシーア派のブワイフ朝を追い、カリフから初めて正式にスルタンの称号を受ける
1066年
ノルマン朝の成立
ヨーロッパノルマンディー公ウィリアムがイングランド王ハロルドを破って王位につき、ノルマン朝を開く
1077年
カノッサの屈辱
ヨーロッパ叙任権(じょにんけん)をめぐって破門されたドイツ王ハインリヒ4世が、雪のカノッサで教皇グレゴリウス7世に許しを請う
1096年〜
第1回十字軍
ヨーロッパ西アジア・アフリカ教皇ウルバヌス2世の呼びかけで西ヨーロッパの軍がエルサレムを占領し、十字軍国家を建てる
1115年
金の成立
東アジア女真(じょしん)族の完顔阿骨打(わんやんあぐだ)が、従っていた遼(りょう)から自立して金を建てる
1126年〜
靖康の変
東アジア女真(じょしん)族の国・金が北宋の都・開封(かいほう)を落とし、皇帝の欽宗(きんそう)と父の徽宗(きそう)を北へ連れ去り、北宋は滅びる
1127年
南宋の成立
東アジア金に連れ去られた皇帝・欽宗(きんそう)に代わって弟の高宗が即位し、宋を再建する(南宋)。中国は華北の金と江南の南宋に分かれる
1169年
アイユーブ朝の成立
西アジア・アフリカクルド人の武将サラディンがエジプトの実権を握り、やがてシーア派のファーティマ朝を終わらせてエジプトをスンナ派に戻す。エジプトとシリアを合わせて十字軍国家に向き合う
1189年〜
第3回十字軍
ヨーロッパ西アジア・アフリカサラディンに奪われたエルサレムを目指して英仏の王と皇帝が向かうが、回復できたのは沿岸の都市にとどまる
1202年〜
第4回十字軍
ヨーロッパ西アジア・アフリカヴェネツィアの商人や東ローマの皇子の思惑に乗った十字軍が聖地に向かわず、同じキリスト教徒の東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを攻め落としてラテン帝国を建てる。十字軍が聖地回復の目的から離れる
1206年
チンギス=カンの即位
東アジアモンゴル高原の遊牧諸部族をまとめたテムジンがチンギス=カンとして即位し、モンゴル帝国が成立する
1206年
奴隷王朝の成立
南アジア・東南アジアゴール朝の将軍で奴隷(マムルーク)出身のアイバクがデリーで自立し、インド最初のイスラム王朝を建てる。約300年続くデリー=スルタン朝の始まり
1215年
マグナ=カルタ
ヨーロッパ諸侯と都市が国王ジョンに、勝手な課税や不当な逮捕をしないと認めさせる
1241年
ワールシュタットの戦い
ヨーロッパモンゴル軍がシレジアでポーランド・ドイツの連合軍を破り、シレジア公ヘンリク2世が戦死する
1250年
マムルーク朝の成立
西アジア・アフリカアイユーブ朝のスルタンを殺したトルコ系の軍人奴隷(マムルーク)たちが政権を握り、カイロを都とする。のちにモンゴル軍の西進を食い止め、イスラム世界の中心となる
1258年
アッバース朝の滅亡
西アジア・アフリカモンゴル帝国のフラグ(チンギス=カンの孫)がバグダードを攻め落としてカリフを殺し、アッバース朝が滅びる。フラグはイラン・イラクを治め、イル=ハン国の祖となる
1271年
元の成立
東アジアモンゴル帝国のフビライが都を大都(今の北京)に置き、中国風の国号「大元」を定める。やがて南宋を滅ぼし、モンゴルが中国全土を支配する
1299年頃
オスマン帝国の成立
西アジア・アフリカアナトリア(小アジア)西北の小国の長オスマンが、東ローマ帝国と境を接する地で自立する。のちにバルカン半島から西アジア・北アフリカまで支配する帝国の始まり
1303年
アナーニ事件
ヨーロッパフランス王フィリップ4世の意を受けた者たちが教皇ボニファティウス8世をアナーニで捕らえる。教皇はその翌月に死ぬ
1339年〜
百年戦争
ヨーロッパイングランド王がフランスの王位を主張し、フランス国内での長い戦争が始まる
1347年〜
ペストの流行
ヨーロッパ黒海から船で運ばれた黒死病(ペスト)がヨーロッパ中に広がり、数年で人口の3分の1ほどが死ぬ。農民が減って領主の支配が揺らぎ、封建社会が崩れ始める
1368年
明の成立
東アジア朱元璋(しゅげんしょう)が元を北へ追い払い、明を建てる
1370年
ティムール朝の成立
西アジア・アフリカチャガタイ=ハン国の内紛のなかから、トルコ化したモンゴル貴族のティムールが中央アジアの支配者となり、サマルカンドを都とする。中央アジアから西アジアに広がる帝国の始まり
1399年〜
靖難の役
東アジア明の皇帝・建文帝(けんぶんてい)に叔父の燕王(えんおう)が兵を挙げ、帝位を奪って永楽帝となる
1402年
アンカラの戦い
西アジア・アフリカティムールがオスマン帝国のバヤジット1世を破り、捕虜にする。帝国は後継者の争いで一時分裂する
1405年〜
鄭和の大航海
東アジア南アジア・東南アジア西アジア・アフリカ明の永楽帝の命で、宦官(かんがん)の鄭和が大船団を率いて東南アジアからインド洋を航海し、アフリカ東岸にまで達する
1428年頃
アステカ王国の成立
アメリカメキシコ高原の湖上の都テノチティトランを拠点とするアステカ人が、近くの2つの都市と同盟を結び、周りの国々を従えていく
1438年頃
インカ帝国の成立
アメリカアンデス山脈のクスコを都とするインカが周りの国々を従え、南北に長い帝国を築き始める
1453年
コンスタンティノープル陥落
ヨーロッパ西アジア・アフリカオスマン帝国のメフメト2世が東ローマ帝国の首都を攻め落とし、帝国が滅ぶ
1453年
百年戦争終結
ヨーロッパフランスが勝ち、イングランドはカレーを残して大陸の領地を失う
1492年
レコンキスタの完成
ヨーロッパカスティリャとアラゴンが、イベリア半島最後のイスラム政権グラナダを滅ぼす
1492年
コロンブスの新大陸到達
アメリカヨーロッパスペイン女王イサベルの後援で大西洋を西へ渡ったコロンブスが、インドの一部だと思ったままカリブ海の島に着く
1498年
ヴァスコ=ダ=ガマのインド到達
南アジア・東南アジアヨーロッパポルトガルのヴァスコ=ダ=ガマがアフリカ南端の喜望峰を回り、インド西岸のカリカットに着く。ヨーロッパとインドを直接結ぶ海の道(インド航路)が開く
1501年
サファヴィー朝の成立
西アジア・アフリカ神秘主義教団の長イスマーイール1世がタブリーズでシャーを名乗り、シーア派(十二イマーム派)を国教とする。イランがシーア派の国になり、スンナ派のオスマン帝国と争い続ける始まり
1517年
マムルーク朝の滅亡
西アジア・アフリカオスマン帝国のセリム1世がシリアに続いてエジプトを征服し、マムルーク朝が滅びる。オスマン帝国がメッカ・メディナの保護者となり、イスラム世界の中心地を治める帝国になる
1517年
九十五か条の論題
ヨーロッパルターが、贖宥状(免罪符)の販売を問う九十五か条を公開する。宗教改革の始まりとされる
1521年
アステカ王国の滅亡
アメリカスペインのコルテスが、アステカに反感を持つ周りの国々を味方につけて都テノチティトランを落とし、アステカ王国が滅びる
1526年
ムガル帝国の成立
南アジア・東南アジアティムールの子孫バーブルがパーニーパットの戦いでロディー朝を破り、北インドにムガル帝国を建てる。デリー=スルタン朝が終わる
1529年
第1次ウィーン包囲
ヨーロッパ西アジア・アフリカオスマン帝国のスレイマン1世がハンガリーを従えた勢いでハプスブルク家の都ウィーンを囲むが、落とせずに退く。オスマン帝国の西への進出がここまで届き、ヨーロッパに脅威を与える
1533年
インカ帝国の滅亡
アメリカスペインのピサロが皇帝アタワルパを捕らえて処刑し、都クスコを占領してインカ帝国が滅びる
1534年
首長法の発布
ヨーロッパイングランド王ヘンリー8世が、国王をイングランド教会の唯一の首長と定め、ローマ教皇から離れる
1555年
アウクスブルクの和議
ヨーロッパ神聖ローマ帝国の諸侯と都市が、領地の信仰をカトリックかルター派から選べると定める
1562年〜
ユグノー戦争
ヨーロッパフランスでカトリックとプロテスタント(ユグノー)の対立が内戦になる。大貴族の勢力争いもからんで、国を二つに割る宗教戦争の始まり
1564年
ジズヤを廃止
南アジア・東南アジアムガル帝国のアクバルが、イスラム教徒以外に課していた人頭税(ジズヤ)を廃止する
1588年
アルマダ海戦
ヨーロッパスペインがイングランド攻略に送った大艦隊が、海戦のあと帰路の嵐で大損害を受ける
1598年
ナントの王令
ヨーロッパフランス王アンリ4世が、プロテスタント(ユグノー)に限られた礼拝の自由を認め、宗教戦争を終わらせる
1607年
ヴァージニア植民地の成立
アメリカイギリスの会社が北アメリカ東岸のジェームズタウンに入植し、北アメリカで最初に定着したイギリスの植民地となる。のちの13植民地の始まり
1616年
後金の成立
東アジア女真(じょしん)族の諸部族をまとめたヌルハチが明から自立し、後金(のちの清)を建てる
1618年〜
三十年戦争
ヨーロッパベーメン(ボヘミア)のプロテスタント貴族が、カトリックを強いるハプスブルク家の王に反乱を起こし、ドイツを舞台にカトリックとプロテスタントの戦争が始まる。デンマーク・スウェーデンに続いてカトリックのフランスもハプスブルク家に対抗して加わり、宗教の対立を超えたヨーロッパの国々の争いになる
1623年
アンボイナ事件
南アジア・東南アジアモルッカ諸島のアンボイナ島で、オランダ東インド会社がイギリス商館の人々を要塞襲撃の陰謀の疑いで処刑する。イギリスは東南アジアの香辛料貿易から退き、インドに向かう
1640年〜
ピューリタン革命
ヨーロッパ国王チャールズ1世と議会の対立が内戦になり、クロムウェルの活躍で議会派が勝って国王を処刑し、共和政にする
1648年
ウエストファリア条約
ヨーロッパ三十年戦争を終わらせ、神聖ローマ帝国の諸侯が独自に外交できることと、オランダ・スイスの独立を認める
1683年
第2次ウィーン包囲
ヨーロッパ西アジア・アフリカオスマン帝国が再びウィーンを囲むが、ポーランド王らの援軍に敗れる。これを境にオスマン帝国は守る側に回り、のちにハンガリーの大部分を失って領土が縮み始める
1688年
名誉革命
ヨーロッパ議会の有力者が国王ジェームズ2世を退け、オランダからウィリアム3世とメアリ2世を迎える。王が議会の定めた法に従う立憲君主政の始まり(翌年の権利の章典)
1689年
ネルチンスク条約
ヨーロッパ東アジア清(康熙帝)とロシア(ピョートル1世)が黒竜江(アムール川)方面の国境を定める。中国の王朝がヨーロッパの国と対等な立場で結んだ最初の条約とされる
1701年〜
スペイン継承戦争
ヨーロッパ子のないスペイン王の死後、フランス王家とハプスブルク家が王位を争う。フランスの王孫がスペイン王位を認められる代わりに、フランス王位の継承権を放棄する(ユトレヒト条約)
1740年〜
オーストリア継承戦争
ヨーロッパハプスブルク家のマリア・テレジアの相続をめぐる争いに乗じて、プロイセンがシュレジエンを奪う
1756年〜
七年戦争
ヨーロッパアメリカシュレジエンを取り戻そうとするオーストリアとプロイセンが戦い、北アメリカで争っていたフランスとイギリス(フレンチ=インディアン戦争)がそれぞれに付いてインドでも戦う。イギリスがフランスからカナダなど北アメリカの植民地を奪う
1757年
プラッシーの戦い
南アジア・東南アジアイギリス東インド会社のクライヴが、フランスと結んだベンガル太守の軍をベンガルで破る。イギリスがインドを支配していく第一歩になる
1773年
ボストン茶会事件
アメリカボストンの植民地人が、イギリスの茶法に反対して港の船から茶を海へ捨てる
1775年〜
アメリカ独立戦争
アメリカ北アメリカの13植民地がイギリス本国と戦い始め、翌年、独立を宣言する
1783年
パリ条約
アメリカヨーロッパアメリカ独立戦争の講和で、イギリスがアメリカ合衆国の独立を認める
1789年〜
フランス革命
ヨーロッパパリ市民がバスティーユ牢獄を占領して革命が始まり、封建的特権が廃され、人権宣言が出される
1796年〜
白蓮教徒の乱
東アジア仏教系の宗教結社・白蓮教の信者が四川などの山地で清に反乱を起こす。鎮圧は長引き、清の最盛期が終わる
1804年
ナポレオン皇帝就任
ヨーロッパ第一統領だったナポレオンが皇帝に即位し、ノートルダム大聖堂で自ら冠を戴く
1810年〜
ラテンアメリカ諸国の独立
アメリカクリオーリョ(植民地生まれの白人)が各地で立ち上がり、メキシコから南アメリカまでのスペインの植民地が次々と独立する。ブラジルもポルトガルから独立し、スペインに残るアメリカの植民地はキューバとプエルトリコだけになる
1814年〜
ウィーン会議
ヨーロッパナポレオン戦争のあと、革命前の君主の復位と列強の勢力均衡を原則に、ヨーロッパの国境を決め直す
1831年〜
エジプト=トルコ戦争
西アジア・アフリカエジプト総督ムハンマド=アリーが宗主国オスマン帝国と2度戦い、シリアは手放すがエジプトの総督の世襲を認めさせる(ムハンマド=アリー朝)
1839年〜
タンジマート
西アジア・アフリカオスマン帝国のスルタンが、宗教を問わず臣民の生命・財産・名誉を守ると約束する勅令(ギュルハネ勅令)を出し、法律・軍隊・教育を西ヨーロッパ式に改めていく
1840年〜
アヘン戦争
東アジア清の林則徐(りんそくじょ)がイギリス商人のアヘン密輸を取り締まると、イギリスが戦争を仕掛けて勝つ。清は香港島を譲り、上海など5つの港を開く
1848年
二月革命
ヨーロッパフランスで国王ルイ・フィリップが退位し、共和政が復活する。同じ年、ヨーロッパ各地でウィーン体制を揺るがす運動が起きる
1853年〜
クリミア戦争
ヨーロッパ西アジア・アフリカロシアの南下に対し、イギリス・フランスなどがオスマン帝国側についてロシアを破る
1858年
ムガル帝国の滅亡
南アジア・東南アジアインド大反乱(シパーヒーの反乱)で反乱側に擁立された皇帝バハードゥル=シャー2世をイギリスが退位させ、ムガル帝国が滅びる。東インド会社も解散し、イギリス本国がインドを直接治める
1861年
ロシアの農奴解放令
ヨーロッパロシア皇帝アレクサンドル2世が農奴に人格の自由を認め、土地は有償で農村共同体(ミール)に分ける。ロシアの農奴制が終わり、皇帝による上からの近代化が進む
1861年
イタリア王国の成立
ヨーロッパサルデーニャ王国がイタリアの大部分を統一し、ヴィットーリオ=エマヌエーレ2世を王とするイタリア王国が成立する。ヴェネツィアとローマはまだ外に残る
1861年〜
南北戦争
アメリカ南部諸州が奴隷制の維持を掲げて連邦から離れ、北部と戦う。北部が勝って奴隷制が廃止される
1869年
スエズ運河の開通
西アジア・アフリカフランス人レセップスの会社が地中海と紅海をつなぐ運河を開き、ヨーロッパからアジアへの船がアフリカを回らずに済むようになる。工事などの借金に苦しむエジプトがイギリスに支配されていく始まり
1870年〜
プロイセン=フランス戦争
ヨーロッパプロイセンがフランスに勝ち、ヴェルサイユでドイツ帝国の成立が宣言される。フランスはアルザス・ロレーヌを失う
1876年
ミドハト憲法の発布
西アジア・アフリカ宰相ミドハト=パシャの起草で、スルタンがムスリムと非ムスリムの平等と議会を定めた憲法を発布する。アジアで最初の憲法
1877年
インド帝国の成立
南アジア・東南アジアイギリスのヴィクトリア女王が、デリーでインド皇帝を兼ねると宣言される
1877年〜
ロシア=トルコ戦争
ヨーロッパ西アジア・アフリカロシアがバルカン半島のスラヴ人の保護を名目にオスマン帝国を破り、ルーマニア・セルビア・モンテネグロが独立する。翌年のベルリン会議で列強がロシアの南下を抑える。スルタンはこの戦争を口実に憲法を停止し、専制に戻る
1894年〜
日清戦争
東アジア朝鮮をめぐって日本と清が戦い、日本が勝つ。清は朝鮮の独立を認め、台湾などを日本に譲る
1899年〜
南アフリカ戦争
西アジア・アフリカイギリスがブール人のトランスヴァール共和国とオレンジ自由国を破って併合する
1908年
青年トルコ革命
西アジア・アフリカ青年将校らが決起し、専制を敷いていたアブデュルハミト2世に憲法と議会の復活を認めさせる
1911年〜
辛亥革命
東アジア武昌(ぶしょう)での軍の蜂起をきっかけに各省が清から独立を宣言し、翌年、孫文を臨時大総統とする中華民国が成立する。清が滅び、秦の始皇帝から2000年あまり続いた皇帝の制度が終わる
1912年〜
バルカン戦争
ヨーロッパ西アジア・アフリカバルカン半島の4か国がロシアの後押しで同盟を結んでオスマン帝国を攻め、ヨーロッパ側の領土のほとんどを奪う。続いて分け前をめぐってブルガリアが他の国々と戦って敗れ、大きくなったセルビアをオーストリアが警戒する。第一次世界大戦の火種
1914年〜
第一次世界大戦
全世界列強が二つの陣営に分かれて世界規模の総力戦を行い、ドイツ側が敗れる
1917年
ロシア革命
ヨーロッパ皇帝ニコライ2世が退位し、レーニン率いるボリシェヴィキが政権を取って社会主義の国家づくりを始める
1919年〜
パリ講和会議
ヨーロッパ第一次世界大戦の戦勝国がパリに集まり、敗戦国との講和と国際連盟の設立を協議する
1919年
ヴェルサイユ条約
ヨーロッパドイツとの講和で、戦争の責任と賠償、軍備の制限と領土の割譲を課す
1922年
トルコ革命
西アジア・アフリカムスタファ=ケマルが外国軍を退け、オスマン帝国のスルタン制を廃する。のちにトルコは共和制になる
1929年〜
世界恐慌
全世界アメリカの株の大暴落を発端に、倒産と失業が世界へ広がる
1930年
塩の行進
南アジア・東南アジアガンディーが海岸まで歩き、イギリスの塩の専売を破って自ら塩を作る。非暴力の不服従がインドに広がる
1931年〜
満州事変
東アジア日本の関東軍が、満州(中国東北部)で南満州鉄道の線路を自ら爆破して中国側のしわざとし、満州全域を占領する。翌年、日本が実権を握る満州国が建てられる
1939年〜
第二次世界大戦
全世界ドイツのポーランド侵攻で始まり、枢軸国と連合国がヨーロッパとアジア・太平洋で総力戦を行う
1945年
第二次世界大戦終結
全世界ドイツが無条件降伏し、日本もポツダム宣言を受諾して降伏する
1947年
トルーマン=ドクトリン
アメリカヨーロッパアメリカ大統領トルーマンが、共産主義の広がりを抑えるためギリシアとトルコへの援助を議会に求める(のちに封じ込め政策と呼ばれる)。アメリカとソ連が対立する冷戦の始まり
1947年
パレスチナ分割案
西アジア・アフリカ国連総会が、イギリス委任統治下のパレスチナをユダヤ人国家とアラブ人国家に分け、エルサレムを国際管理とする案を採択する。ユダヤ人側は受け入れ、アラブ人側は拒む
1948年〜
ベルリン封鎖
ヨーロッパソ連が西側の管理する西ベルリンへの陸路と水路を封じ、アメリカなど西側が空輸で対抗する。これを境にドイツは東西二つの国に分かれる
1949年
中華人民共和国の成立
東アジア共産党の毛沢東が北京で中華人民共和国の成立を宣言する。内戦に敗れた国民党の中華民国政府は台湾に移る
1950年〜
朝鮮戦争
東アジア北朝鮮が韓国に攻め込み、韓国側にアメリカ中心の国連軍、北朝鮮側に中国の義勇軍が加わって戦う。北緯38度線付近で休戦するが、平和条約は結ばれず、今も休戦状態が続く
1953年
スターリンの死
ヨーロッパソ連の独裁者スターリンが死ぬ。朝鮮戦争が休戦し、米ソの緊張がゆるむ「雪どけ」に向かう
1959年
キューバ革命
アメリカカストロらがバティスタの独裁政権を倒す。のちに社会主義を宣言し、アメリカのすぐ南に冷戦の最前線ができる
1961年
ベルリンの壁の建設
ヨーロッパ東ドイツが西ベルリンを囲む壁を築き、西側へ逃げる人の流れを止める。ドイツの東西分断が固定され、冷戦の象徴となる
1965年〜
ベトナム戦争
南アジア・東南アジア南ベトナムを支えるアメリカが戦闘部隊を送り、北ベトナムと戦う。アメリカが撤退したあと、北が南を倒してベトナムを統一する
1973年
石油危機
全世界第4次中東戦争を機にペルシア湾岸の産油国が原油を大幅に値上げし、アラブ産油国が輸出制限を行う。原油価格が4倍になり、先進国の戦後の経済成長が終わる
1989年
マルタ会談
アメリカヨーロッパアメリカのブッシュとソ連のゴルバチョフがマルタ島沖の船上で会談し、冷戦の終わりを宣言する
1990年
東西ドイツの統一
ヨーロッパ東ドイツが西ドイツに加わる形で統一し、冷戦下の分断が終わる
1991年
ソ連解体
ヨーロッパロシア・ウクライナ・ベラルーシが連邦の終了で合意し、ソビエト連邦が解体される
1993年
EUの発足
ヨーロッパマーストリヒト条約が発効し、ヨーロッパ共同体(EC)を土台にヨーロッパ連合(EU)が発足する。通貨の統一に加え、外交・安全保障でも共通の政策をめざす統合の段階に入る
2020年
イギリスのEU離脱
ヨーロッパイギリスが国民投票の結果を受けてEUから離脱する。EUの加盟国が減るのは初めて